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≫ 独立のきっかけ・・・
税理士資格を持ち税理士事務所に勤務していた私は、「まだまだ修業の身、もう少し経験をつんでから、40歳になる前くらいに独立できたらいい・・・」そんな漠然とした考えで毎日の業務に忙殺されていました。考えといっても真剣に考えていたわけではなく「ただなんとなく」という感覚でした。
ある日、家族といつもよくいくお好み焼き屋さんのマスターから、1ヵ月後に店を閉めると知らされました。
そのお店はメインのお好み焼きのほかに鉄板焼きのメニューも豊富で、お酒を飲む私には家族を連れて行くには最高のお店でしたし、夫婦二人とアルバイトの学生一人というアットホームは店の雰囲気も大変気に入っていました。家族でお邪魔するとおいしい食事(本当においしい!)の後に、マスターが私の子供と、どんなに忙しくても必ず将棋を指してくれ、その時間を利用して私はお酒をもういっぱい・・・味は文句なし、店主の人柄は頭を下げたくなるようないい人。私達家族の最高の憩いの場でした。
そんな大事な店が閉まるというのです。理由を聞けば
「私達夫婦も年をとってきたし、体調も思わしくない・・・お客様も少しずつだけど減ってきている・・・そろそろ潮時かな・・・」
というのです。本当に1ヵ月後そのお店は閉まってしまいました。(最終日は当然お別れを言いに行きました。)
私はそのお店の顧問をしているわけでもなんでもなく「ただのお客・そのお店の超熱烈なファン」というだけですが、まさに嘆き悲しみました。
息子にいたっては「××(お店の名前)が無くなって、どれだけ僕が悲しんでるかおっちゃん(マスター)にどうしても伝えたい。おっちゃんの家に言いに行こう!」というのです。
考えてみると、当時フランチャイズの飲食店が勢力を伸ばしつつあり、お好み焼き屋もその例外ではなく、街からお好み焼き屋が消えつつありました。(ここは大阪だぞ!)
代わりに台頭してきたのはチェーン店のお好み焼き屋。綿密な原価計算に基づき、誰でも作れるパーフェクトなレシピを用意し、客の回転率にノルマが課される・・・別にいいんだけど・・・そんなお店のお好み焼きは
おいしくない・・・
少し極端な表現かもしれないがそんなお好み焼き屋のお好み焼きは原価計算の残骸の味がするのである。
子供のがっかりする顔をみて「お母さんに作ってもらおう」と慰めるのが精一杯なのです。
そこで私は考えた。
時々ねじが外れる頭をつかい、未熟な経験値と相談し、考えた。
「××のような店をこれ以上廃業に追い込んではいけない!」
「普通のお店を普通のままで存続させなければいけない!」
「日本の味を原価計算の残骸の味にしてはいけない!」
と。最後のフレーズは完全に頭のねじが外れている・・・しかし、大真面目である。
「選択と集中」を合言葉に事業者は肥大化していき、大きいことがいいこととする風潮がはやり始めた時代。
お好み焼き屋以外の業種でもその流れが押し寄せてきつつあった。
美容院・ケーキ屋さん・病院・診療所・歯医者さん・建設業・・・そして弁護士・税理士・・・
子供の頃、少し具合が悪くなると母親に「××先生とこいってこい」と言われ、一人でお医者さんに行き、翌日母親がお礼と代金の支払いをしに行っていた。100%の信頼感と安心感。そんな「取引」は時代が許さないのか?
そんなことは無い。普通のお店や・診療所が普通のまま存在することは絶対的に必要なことなのである。絶対に間違いない。
私の中でくすぶっていた情熱に火がついた。
「独立開業して、オレがやるしかない!」
≫ トホホ・・・な創業秘話
お世話になったお師匠さん(税理士先生)に事情を話し、円満退社。
ところが・・・
コネなし、顧問先なし(0)、戦略なし。
あるのは時々ねじが外れる頭と絶大なる情熱と理念だけ。
うまくいくわけありません。
なのに借りる事務所には見栄をはり、地域の基幹駅の駅ビルに10坪、保証金280万円、家賃25万円で契約!パソコンを買い、プリンターを買い、事務家具を買い、接客用の応接セットを買い、コピー機を買った。
こういう人を専門用語でバカという。
日に日にお金が無くなっていく。営業しようにも当時は税理士法で税理士の広告宣伝に制約が課されていたため、思いどうりの営業ができず、四苦八苦。
色々な会合に出かけて行っては、名刺と業務案内を手渡し頭を下げた。何の収穫もなかった。
人づてに「あそこの社長なら話を聞いてくれるかもしれない」と聞き、アポをとり、駅から遠いその会社に訪問させていただいた。すぐに顧問料の話になり「もっと安くできないの?」と言われ。「いや・・・」会社の規模・会計税務作業量とまったく見合わないとんでもない値段を提示された。後から聞くとその社長さんは顧問料をねたにころころと税理士を変える方だそうだ。
その会社からの帰り道、 ト ホ ゙ ト ホ ゙と歩きながら
涙がこぼれた・・・
「普通の事業者を普通のまま存続させたい」の理念の下、「普通の税理士事務所」さえ経営できない自分・・・もうだめなのかもと真剣に思った。
そうこうしているうち、学生時代の友達から一本の電話
「時間ある?」
「ある ある ある ある ある ある むちゃくちゃある。」友達だから本当のことを言った。
「とある有限会社なんだけど、税理士さんを探してるんだって。」
「行く 行く 行く 行く 行く 行く すぐ行く。」友達だからまた、本当のことを言った。
こういう人を専門用語でバカという。
商売の鉄則「相手に手の内を見せてはいけない」最初に弱者に回ると何時までたっても関係を改善することはできない。の典型的な例。
後日訪問。社長からお話を伺い、契約の運びとなった。
手の内見せっぱなしで笑われた。
「悪い人やなさそうだ。お願いするよ。」と言っていただいた。まだ20代の若造を信用してくれた。(本当に信用しているわけではないだろうが、言ってくれた。)
帰り道、歩きながら
涙がこぼれた・・・
「この恩は絶対返さなければいけない・・・」
そう思った。その後、社長と二人三脚でその会社を財務体質・経営効率がピカピカの会社にした。
いつも涙目!涙目熱血税理士の快進撃(?)がそこから始まった。
今でも手の内見せっぱなし!
税理士は税理士業務は出来て当たり前!売上増・経営効率・資金繰り・借入相談・・・儲かったら安心して実行できる節税へ!
「普通の事業所を最低限普通のまま存続させ、常にぴかぴかの地域一番企業を目指す」べく、
今日も「井上合同会計」涙目熱血代表は頭のねじを気にしながら爆進中!
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